歯周病患者の上下顎大臼歯に、歯根分割術を施し、咬合平面の修整を含め処置した1症例
「 症例のイントロ 」
患者さんごとに、その方のためになる妥当な処置方針を考える事が、我々臨床医には必要です。同じ症例を観ても、いくつもの方法が存在します。
例えば、まともな臨床講習会では、ある症例を呈示されて、治療計画を立てるといったトレーニングをすることがあります。この時、先生方の見識の違いが如実
に現れるものです。この頃は、欠損歯があれば、もしくは歯周病に罹患した歯があれば、これを抜歯してインプラントを選択してしまうような先生が多いことに
驚かされます。
結局、現在のベーシックな学校教育が徹底していないことが原因とも思えます。オーソドックスな歯周病の処置を全くしたことがない先生ほど、または、従来型
の義歯さえできない先生ほど、安易に自費治療費が得られる方法論として、インプラント治療を第一選択にするようです。こういったことは、多くの患者さんが
ご存じない大変に恐ろしいことなのです。結果的に、そういった見識のない多くの歯科医師によって多くの患者さんにご迷惑をお掛けしているのです。
さて、ここでは残存する天然歯を従来から行われている歯根分割を応用して処置して、しかも将来を考え、対合歯として乱れた咬合平面を整えた一症例をご覧頂きます。余計な処置など全くせずに、妥当な処置の一つとしてこういった方法論を採ったわけです。
これをお読みの患者さんには、理解しずらいと思いますがお読み頂ければ幸いです。
「 症例 」
・患者:大野順子(仮名)
・年齢:70歳 女性
・主訴:歯周病の治療をして欲しい

初診時、正面観
臼歯部下顎右側第二大臼歯(47)の挺出*と共に、前歯中切歯(11,21)の挺出が顕著です。前歯部の咬合状態が悪く、中切歯がほとんど下顎前歯と噛んでいないのでこのような挺出をしたものと思います。
また、歯冠部及び歯頸部にかけての充填が沢山観られます。
*我々の口の中では、各々歯が噛み合(咬合)っています。適切に咬合していれば、ある位置に安定して植立していますが、どちらかが欠損してしまうと、噛む歯を求めて伸び出したように"挺出(ていしゅつ)"します。
挺出歯は、上顎の最後臼歯(一番奥にある臼歯)の場合、下顎臼歯と干渉しないため問題になりませんが、今回のように、下顎の最後臼歯が挺出した場合は、下顎が前方に運動する際に上顎の臼歯に干渉(衝突)を起こして問題になります。
今回は、47と16が干渉していました。

これは、初診時の口腔内全体の状態です。

青い部分:分岐部病変部
黄色の根:抜去される根
緑色の根:保存される根
○問題点:
・大臼歯(16,46)に分岐部病変があること(上図・青部分が分岐部病変部です)
・上下顎の大臼歯各々の予知性を考えて、大臼歯部にいかに補綴処置するか
写真上で、青い部分は根分岐部病変部で骨が細菌に冒されて骨が吸収し、その空間が細菌の巣窟になっているところです。この部分は、洞窟状に歯肉縁下にある
ため、清掃できずに骨破壊が進行してしまうため問題となるのです。そのため、この部分を清掃できるような状態に修整する必要があります。
この症例のように歯根分割・抜去することで、分岐部を清掃可能な部分へと変えることができます(他には、トンネリングという方法などもあります)。

全顎をスケーリング&ルートプレーニングして、再評価(再度診査する)をした際の口腔内写真です。
歯周病が右側上下顎大臼歯部(16,46)をのぞき、スケーリングとルートプレーニングで解決できました。分岐部は、外科処置で解決しました。これは、以下を参照してください。

歯周病の治療により、腫脹した歯肉が退縮して歯の間に空隙を作った状態になると、この部分は写真のように歯間ブラシで適切に清掃する必要があります。
歯間ブラシは、この空隙の大きさによって、その空間に適当な摩擦が生まれるような大きさの適切なモノを選択し使用します。写真では、Lサイズの歯間ブラシを使用しています。
また、歯ブラシは基本的に手で丁寧に行ってもらうように指導しています。最近では、電動ブラシをお使いになっている方も多いようですが、ブラシの当て方が間違っている場合は、磨き残しが多く残ってしまった例をよく見かけます。
小学生に漢字を覚えさせるのに、まずパソコンを使わせる事はしないと思います。それと同じ理由で、磨き方を指導させて頂く患者さんに電動ブラシを勧めたりはしません。まずは手で、しっかり適切に磨けるようにトレーニングしてもらいます。
○このケースでは、歯頸~根面部での充填の既往が顕著であるため、今後さらに根面う蝕の発生が懸念され、根面う蝕(根面カリエス)への対策が必要となりました。具体的には、メンテナンス毎の高濃度フッ化物塗布と、日常での患者さんのフッ化物含有歯磨剤使用を指導しました。
「 外科処置 」
◎上顎右上第一大臼歯の歯周外科手術

1.口蓋根を切る前の状態
2.歯冠部から口蓋根をタービンバーでカットした直後
3.抜去された口蓋根
4.口蓋根・抜去後の状態

1.遠心頬側根の根本をタービンバーでカットした状態
2.抜去された遠心頬側根
3.遠心頬側根と口蓋根が抜去された後、歯槽骨を修整して歯肉弁で可能な限り抜いた後(穴)を覆い縫合した状態
4.同・側方面から観た状態

1.手術後7日後に抜糸した際の咬合面観
2.手術後7日後に抜糸した際の右側側方面観
3.手術後5ヶ月の咬合面観
4.手術後5ヶ月の右側側方面観
臼歯部での適切な咬合平面を得るため、手術後の46とその前の45の咬合面を削除・修整しています(写真2と4を比較のこと)。
分岐部病変(歯の根の間に歯周病による破壊が進んでいる)があるため、一番骨植のよい近心頬側根を残しました。さらに、歯冠部咬合面を小臼歯の形態にして保存し、概ねもう一本小臼歯が存在するような状況を作りました。(特に金属補綴などしていません)
このようなアクロバットのような処置は、一般的には行わないと思いますが(私も行いません)、患者さんの努力と抜歯を希望しないというご希望もあって、このようなカタチに保存できました。実際に、問題なくお噛み頂いています。
また、15と分割後の16に、コンタクトが回復しました。硬く固定せずに、ワイヤーを介して咬合時に自然動揺するように暫間固定を続けています。問題が生じなければ、このままお使い頂きます。
◎下顎右側第一大臼歯の歯周外科手術

1.歯根切除する前の咬合面観
2.同・右側側方面観
3.右側下顎第一大臼歯(46)を分岐部に合わせてカットし状態
4.同・46の近心根を抜去し縫合した後の状態*
*歯根分割抜去(ヘミセクション)の場合は、いくら上手く分割抜去で来た場合でも、歯肉弁を剥離して一般の歯周外科に準じた方法で行います。すなわち、取り残しの歯石を除去したり、分岐部相当部から支台部にかけての形態修整などを行います。

1.手術時、縫合後、右側側方面観
2.術後3ヶ月、テンポラリークラウンを装着して歯肉成熟を待っているところ
3.最終補綴物を装着後・右側側方面観
4.同・右側舌側面観:近心根相当部は、ある程度空隙を狭めて、歯間ブラシでの清掃の際に、適当な摩擦を得るような状態に歯冠形態を付与しています。
下顎右側第一大臼歯(46)には、分岐部病変があり、このことで根分割抜去による保存方法を選択し、併せて第二大臼歯の挺出を是正するために咬合面を削除しました。これにより、第二大臼歯(47)と第一大臼歯遠心根、第二小臼歯(45)を連結補綴しました。
患者さんの口腔清掃状態が良好であるため、46の遠心根を保存しました。清掃状態が悪いのなら、46は一本まるまる抜歯して、45と47を支台としたブ
リッジにする方法か、もしくは分岐部に触れずに*(そのままで)歯冠形態を整えるだけの補綴をしても良かったかも知れません。
補綴の方法は、患者の清掃状態、年齢、希望、予算などにより決定されるものです。正に、ケース・バイ・ケースといえます。
*分岐部の処置には、チェアータイム、諸々の手間やそれ相応の治療費が派生します。清掃ができない患者さんの場合は、近い将来ダメになる可能性が非常に高いため、行っても無駄だと考えます。一般に、口腔清掃良好でない限りは、歯周外科は禁忌です。

初診時の右側側方面観で図示すると、黄色の点線が現すような位置が自然な咬合平面(上下顎の歯牙が噛む点をつないだ仮想の平面)と考えます。
今回の上下顎臼歯部の処置で、咬合平面の乱れを上のような位置に(上図・黄色の点線部を参照)修整し、将来上顎もしくは下顎に欠損補綴を装着することになっても、適切な咬合関係を保てるように修整しました。

このように、最低限の歯周病学的かつ補綴学的に環境を改善することで、現実的にこの患者さんに関する妥当な対応ができたと思います。
現在、問題なく使用されているアクロバチックな分割歯牙16は、いつまで使用できるのか保証はありません。しかし、これを残したことで患者さんの希望がかない、なおかつ、この歯牙を保存することで高い口腔清掃を維持する事が可能になりました。
また、現時点での状態は決してゴールではありません。問題が生じれば順次柔軟に対応してゆく必要があります。根面う蝕予防やう蝕の再充填を含めて口腔内を高いレベルで維持してゆきます。

現在、多くの先生方が16、46を抜歯してインプラントを埋入するような計画を平気で立ててしまいます。こういったことに、疑問を感じないような風潮が一番危険なのです。
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必要のないインプラントを不適切に埋入した症例も提示しています。このブログを理解して頂くためにも次のブログを参照してください。


























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